友人A子の話 part2 昼メロを見ようとテレビにスイッチを入れたとき けたたましく鳴り止まない電話から A子親子の人生が狂いました 小学校の息子の学校の先生からでした
「今 救急車で病院へ向かっている。お母さんすぐ来てください!」
化粧もせず、飛び出し 病院へ駆けつけました。 ベットの上の息子は これがわが子かと思うほど 顔はゆでだこのような 赤い顔をして 体中に赤い発疹が出ていました 原因は昼食のデザートのプリンでした 食い意地のはった息子は友達の残したものや、余ったプリンを 20個全部食べたとの事でした 卵に対するアレルギー反応が出たのです
プリン1個や2個では でなかった反応が 一度に20個ものプリンで 卵アレルギーが目を覚ましたのでした 今まで ひそかに心の奥底に閉まっておいた過去の思い出が 一瞬で蘇ってきたのです チェリノブイリ原発の近くで新婚生活を7年間すごした彼女は 帰国してもなかなか子宝に恵まれませんでした 8年目にしてやっと授かった子は 生後1ヶ月でアトピーと診断され 吸入器・VG軟膏にフルメトロン(点眼剤) 浄水器・吸気清浄機・線毛布・洗濯石鹸等々 必須アイテムは 息子さんが成長するたびに どんどん増えていきました 小学校では スポーツ少年団の野球部に所属 スポーツ大好き少年でした
しかし 半日の練習から帰ってくると
目はドロドロで真っ赤 気は いらいらして当り散らす にもかかわらず 私からは 矢継ぎ早の指示 あれしなさい、これしたの、それしないとかゆみがでるよ 毎日、毎日、外から帰ってくると 母と子の どなるようなバトルの会話が習慣になってました シャワーやお風呂で いっきに体を洗い流すことができず いらいらの息子に きれいに洗わなくては 悪化することは 目に見えている私の心配が お互いをいらいらさせてました 試合のときは 息子が手で目を擦るしぐさをみせると 慌ててベンチへ走り 目薬を渡す 周りの人たちに 気を使う余裕はない 擦ると 目がかゆみで 試合どころではなくなるのです 常温で保管することができない 特殊な目薬なので 試合があるたびに クーラーボックスを抱えての 観戦も つらくなっていきました 赤ちゃんの頃から アトピーや秋になると小児喘息が 爆発し そして 卵アレルギーと 次から次に起こる 息子の変化にもう 限界だと思った小学4年生の時代でした 現在 息子は中学でテニスをやっています 今は 普通のお子さんとなんら変わることなく 学生生活を楽しんでいます 一日中炎天下の下で 破壊された空気の中で 強烈な紫外線の下でも あれほど悩まされた 目 ひとつ酸化されず 元気にプレーしている息子 長年 アトピーと戦って 疲れ果てたとき ●●●に出会いました
10年間 いろんなものを勧められるままに試してきましたが 家庭崩壊する寸前に 本物とめぐり合えたことは 神様からのプレゼントのように思えました
そして 今 親子でこんなに ゆったりとした時間を過しているのが まるで 夢をみているようです
目薬もクーラーボックスも お出かけ必需品アイテムも すべて 必要がなくなりました
本当に感謝です 感謝以外何も言葉が見つかりません
息子は本来は本当にお風呂が好きだったんだな~と 改めて知りました
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